第18部「デニス・ホッパーの物語」~第2章~
「私の映画は私的なアプローチのものが多い。私的過ぎる、観客に目が届かない…と批判された」(マーティン・スコセッシ、『「アメリカン・ニューシネマ」―反逆と再生』より)「アメリカで不良やるのって命がけなんだなって思った。ドラッグやヒッピーのコミューンが出てきて、人間関係のありかたにしてもガンバッテルって感じがあった。それが<田舎>に出会うと髪が長いってだけで撃ち殺されちゃうんですからね。なるんなら、世界...
View Article第17部「フランシス・フォード・コッポラの物語」~第5章~
「いいかい、わたしは仕事仲間にあざ笑われ、抗議されるような決定は毎日してるんだよ。正直に言ってしまうが、『アウトサイダー』でトム・クルーズを大きな役に出来なかったのは、フレッド・ロス(コッポラと長い関係を持つプロデューサー)がロブ・ロウを望んだからなんだ。そこで妥協したわけだ。今回起きたことだって、これとまるっきり同じだ。わたしはこれしかないと感じていて、まわりのひとは頷かないキャスティングなんかい...
View Article第17部「フランシス・フォード・コッポラの物語」~第3章~
「―ロジャー・コーマンと出会った頃の話を教えてもらえますか?」「私はまだ学生で、広告が出ていたので連絡しただけさ。そして助手として雇われた」「彼は若い映画作家たちを支えたことでも知られていますが、同時に彼は自分の必要とするものをとるひとでもあるというひとも居ますが」「いやいや、コーマンはとても低予算で映画を作ったひとで、若い映画作家がチャンスを必要としていたのも分かっていたからそういう関係性が出来上...
View Article第17部「フランシス・フォード・コッポラの物語」~第2章~
「演劇で大学院に進もうと考えていたんだけど、ある日、エイゼンシュタインの映画を観て考えを変えた。それで進路をUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に変えて、映画作家になろうと思ったんだ」「小さな映画のほうが、大きなアイデアに満ちている、大きな映画ほどアイデアは小さくなる」(フランシス・フォード・コッポラ)…………………………………………「午前十時の映画祭」で、『ゴッドファーザー』の第1作目と2...
View Article第17部「フランシス・フォード・コッポラの物語」~第1章~
「息子の作品で賞がいただけるなんて、これほどの幸福はない。息子には感謝している。しかし、私なくしては息子は存在さえしないんだ」(カーマイン・コッポラ、オスカー作曲賞受賞時のスピーチ)「映画創りのほとんどの楽しさは、最初の段階にするリサーチと脚本を書く作業にある」(フランシス・フォード・コッポラ)…………………………………………公開中の米映画『パッション』を観て、監督ブライアン・デ・パルマの「変わらな...
View Article第16部「デヴィッド・クローネンバーグの物語」~第5章~
「彼(マーティン・スコセッシ)とはじめて会ったあと、インタビューでスコセッシは、わたしと会いたかったんだけど、会うのはとても怖かったと言った。『タクシードライバー』を作っておいて、それでわたしと会うのが怖かったって!...
View Article第16部「デヴィッド・クローネンバーグの物語」~第4章~
「あのタイプライターが変身するものは、ある種万能の性的物件だ。想像可能なあらゆる性器がついているし、想像できないものもいくつか」(クローネンバーグ、『裸のランチ』のタイプライターについて語る)「たとえば思春期、あるいは思春期以前に、同性愛に共鳴することはできましたか?」「そう思う。ひどく女性的だった男に性的に魅きつけられたことが、一、二度あった。まるで女性に対してみたいだった」(デヴィッド・プレスキ...
View Article第16部「デヴィッド・クローネンバーグの物語」~第3章~
「『デッドゾーン』の結末は本質的には自殺です。マックス・レンは『ビデオドローム』の最後で自殺します。『ザ・フライ』の最後でブランドルフライはとどめを刺してくれと願い、マントル兄弟は基本的には二重自殺として『戦慄の絆』を閉じます。あなたの最近作4本はいずれも自殺で終わっていることからも、あなたがその点について思いめぐらせているのがわかります」(デヴィッド・プレスキン)「自殺が、エレガントに正しく人生を...
View Article第16部「デヴィッド・クローネンバーグの物語」~第2章~
「映画学校に通っていた2004年にインフルエンザにかかって、うなされるぐらいの高熱を出したときに、病気の物理的な性質に夢中になってしまったんだ。いま、自分の体で暴れているウイルスは、ほかのひとの体で生まれたかもしれないと思うと、妙に親密に感じられた。そういった種類の親密さを感じるキャラクターってなんだろうと考えたとき、大好きなひとと物理的なつながりを持つために病気を移されてもいいと思えるくらい、セレ...
View Article第16部「デヴィッド・クローネンバーグの物語」~第1章~
「こじんまりとした簡素なオフィスで話をした。彼自身は穏やかで、思慮深く、気を逸らさなかった。彼は死ぬほど真剣だったが、まったく人を殺しそうではない」(デヴィッド・プレスキン、クローネンバーグと対峙したときの印象を語る)「デヴィッド・クローネンバーグ世界の恐怖は、切り裂き魔のように見える、外からくる恐怖ではなく、はるかにおぞましい、内に潜んだ自己の、自己意識の恐怖なのである。我思う、ゆえに我はないかも...
View Article第15部「原一男の物語」~第5章~
「ドキュメンタリストだから何でも撮るのは当たり前。不都合がある人の映像だけを切るのは違うと思う。ただ今回は、遺体そのものを撮ろうとは最初から思わなかった。遺体を映すことが復興に繋がるのであれば撮るがそうとは思わない」(森達也、映画『311』を語る)「頭は迷っても体は迷っていない。だから原一男は奥崎を撮れたんだ」(田原総一朗)…………………………………………面白い映画の本が発売された。『観ずに死ねるか...
View Article第15部「原一男の物語」~第4章~
「最後まで、好きになれないひとでした」(原一男、奥崎謙三を評する)「私、あの映画は好きじゃないのよ」(井上光晴夫人、『全身小説家』を評する)…………………………………………映画を学ぶ学生だったころ―月にいちど、筆者が筋金入りと認める映画小僧を集めて「オールナイトで映画のビデオを観る」という企画をやっていた。場所は筆者のアパート、テレビのサイズは14インチというのが泣かせるが、それでも回を追うごとに参...
View Article第15部「原一男の物語」~第3章~
「若い女性が大勢見に行ったという事実に、まず驚いた。天皇制云々より、ブラックユーモアとかコメディとして見た方が面白い。戦争が背景にあるから、大状況においては天皇制問題とは言えるけど、課長と部長の物語、たとえば地方の営業所に単身赴任した末端セールスマンの物語として考えると、非常に面白いと思うな」(猪瀬直樹、『ゆきゆきて、神軍』を評す)「われわれ日本人の健忘症に下された、巨大なドストエフスキイ的鉄槌」(...
View Article第15部「原一男の物語」~第2章~
「学校って面白くないっていう印象があるから、どうのこうのいう前に行きませんでしたね。写真家になろうと思って、経済的に自分の力で初めて東京へ出て写真学校に入ったんですが半年でやめました。お金が続かなかったということもあるんだけど、学校の課題という形で、撮ってこいっていわれるものは撮れなかった」(原一男)「田原さんの方法論もそうなんですが、とにかくやらせ、つまり田原さんの方法論とも関わってくるんですが、...
View Article第15部「原一男の物語」~第1章~
「『ゆきゆきて神軍』は、僕が生涯観た映画のなかでも最高のドキュメンタリーだ」(マイケル・ムーア)「神軍というのは、つまり天皇制よりも上の考えかたであると。神様の国をつくるための、自分は平等兵であると。つまりその天皇制よりも上位の観念を持っているというのを水戸黄門の印籠みたいにして、自分の方が正義であると信念を持つことでエネルギーに変えていくというか、それが彼の自己解放につながっていったわけです」(原...
View Article第14部「今村昌平の物語」~第5章~
「今村ほど根性があり、タフな男は居ない」(マーティン・スコセッシ)「三國連太郎がつまらないことを新聞社に喋ったんだよね。それは、とにかく酷い所だということを唯一激しくいったんですね。メシもろくに喰えないし、ろくなもんじゃないと、ろくな場所じゃないと。これがね、島民をいたく傷つけたんでしょうね。端役の殿山泰司なんかに一喝されてね、“好きなのか嫌いなのか”と迫られて、今年もまた来てしまったという思いがあ...
View Article第14部「今村昌平の物語」~第4章~
「惜しくない。俺の一生、こげなもの」(映画『復讐するは我にあり』より、主人公・榎津巌の台詞)「(中略)いわゆる映像美ほど、今村から程遠いものもあるまい。思わせ振りな抒情とも関わりがない。あくまで論理的であり、実証的であり、散文詩的である。今村昌平は、甚だしく古めかしく、反時代的ですらあるが、そこがまたわれわれにはこたえられぬ魅力と映るわけである」(石堂淑朗)…………………………………………殺人を扱っ...
View Article第14部「今村昌平の物語」~第3章~
「昆虫のようによく発達した本能本位で生きていると思われる人間を、生物の生態観察のように善悪の批判ぬきでひたすら客観的に観察した、というのが題名の意味であろう。徹底的リアリズムだがそれにしては大いに笑わせるすぐれた喜劇になっている」(佐藤忠男、『にっぽん昆虫記』を評す)「オールナイトで60年代の今村作品をまとめて見ると、疲労こんぱいでグッタリするけれど、一息つけば、今見てきたばかりの女の強さを思い起こ...
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